演劇ワークショップから学ぶコーチングワークショップ

前回のコーチングコラム「観察力を高める方法」にも書きましたが、私は想田和弘さんの観察映画が大好きです。
2012年に公開された『演劇1』『演劇2』を観た際、出演者である劇作家の平田オリザさんの行っている活動、そしてその生き様に感銘を受けました。

今回は、『演劇1』『演劇2』での平田さんの発言や、著書『コミュニケーション力を引き出す 演劇ワークショップのすすめ』から知恵をお借りして、「コーチングワークショップ」を見つめていきたいと思います。

私は、コーチングを学んではいますが、資格は取得していないので、コーチではありません。
自身の仕事で、コーチやコーチング関連団体のホームページを複数管理していることもあり、コーチ養成講座の教科書制作や、イベント運営をサポートする機会もいただいています。

私がコーチの方々と同様に、コーチングの普及に貢献したいと思うのは、「どう考えてもこの世界、この社会、子ども達の学校生活が、今よりももっと楽しいものになる」と確信できるからです。

「語ること」「聴くこと(聴かれること)」「質問すること(質問されること)」、誰もがどこかで既に使っているコミュニケーションの技術を、意識して使えるようにするという簡潔なところが決め手になっています。

心地のよい人間関係を築くことは、戦争やパワハラやいじめなどの問題を未然に防ぐことにつながります。

ですから、一人でも多くの方が、気軽にコーチングを知り、コーチングを体験することのできる「コーチングワークショップ」が、全国各地の様々な場所で、今よりももっと数多く開催されることを望んでいます。

私は「コーチングワークショップ」を企画して開催することを、特に、コーチ養成講座を卒業したばかりの新米コーチの方々におすすめしたいと思っています。
それは、「コーチングの魅力を伝える」ということが、クライアントを獲得するために一番大切なことだからです。
そして、一度にたくさんの人に伝えることができる効率的な方法でもあるからです。

そんなこんなで、私は日常的に「コーチングしかない」「ワークショップしかない」と強く思っていたわけですが、『演劇1』『演劇2』を観て、平田さんのことを知り、「あら…演劇でもいける…っぽいね」と、まさに別の視点を与えられることになりました。

平田さんは、20年以上、「演劇教育は対話の力をつける」という考えのもと、全国の小中学校で授業を続けています。

私は、平田さんが『コミュニケーション力を引き出す 演劇ワークショップのすすめ』の中で書かれていることを、「演劇=コーチング」に置き換えて何度も読み返しました。
ワークショップを企画・運営するコーチの方々にとっては、多くのヒントが得られる内容になっているのではないかと思います。

演劇ワークショップとは何か

「演劇ワークショップ」とは何か。その定義は非常に曖昧です。曖昧でいいとも思っています。ただ、一般の方にわかりやすくいえば、一般向けの演劇ワークショップとは、演劇を体験することを通じて、言葉やコミュニケーショや人間の動作などに興味・関心を持ってもらい、自分の専門領域や普段の仕事に役立つことを見つけてもらうものだといっていいでしょう。

演劇教室とは異なります。演劇教室は、演劇を習うのが目的ですから、何かが向上しないといけない。声が小さい人がいたら、やはり声を大きくしてあげるのが演劇教室の役割ということになります。

これに対して、基本的に演劇に限らずワークショップには、「参加者のそれまでの人生をまず尊重する」という大原則があります。声が小さい人がいたら、「声、小さいですね」「いつも小さいですか?」「何で小さいんでしょうね?」といったところから始まって、最終的な結論が、「では、今日はみんなで小さい声で芝居を作りましょうか」という形になってもいい。それが、演劇ワークショップの大きな特徴です。参加者によって、プログラム内容が変わっていくことだってある。

基本的なコミュニケーション能力は、子供でいえば遊びの中で身につけるものだし、大人でも普段の生活の中で身につけるものです。いや、「身につける」というよりも、コミュニケーション能力は既に潜在的にあるものだと考えています。

それが特殊な局面で、例えば時間が限られているとか、組織内の権力構造が強いとか、当事者がパニック状態にあるといった場合でも、きちんと相手の気持ちをおもんばかって、自分の意思をうまく伝えられる力が、私は本当の「コミュニケーション能力」だと思います。元々の能力としては、特殊な能力ではないと思っています。

潜在的に持っているコミュニケーション能力を、いつでも発揮できる技術が、演劇ワークショップで身につくと考えていただければいいでしょう。

演劇を通じて、「何が最重要の課題か」を掴むことができる

演劇はコンテクスト、つまり文脈をり合わせるための知恵、ノウハウを提供することができるのです。

人間はそれぞれ、多様な出自しゅつじや価値観があって、同じ言葉を使っていても同じ意味で使っているとは限らない。合意を形成するためには、インプット(感じ方)はバラバラでもいいのだけれど、アウトプット(表現)は統一しなければいけない。そこに何らかのノウハウがあるんですね。

子供は、どうでもいいことを延々と話し合った挙句、時間がなくなってしまって、結構大事なことをジャンケンで決めたりします。でも、実際に大人の会議でもそういうことはよくあるんですよね。先にプライオリティー(優先すべきもの)を決めないで、会議をしてしまう。

演劇という無形のものを、互いのコンテクストを摺り合わせながら、限られた時間の中で作品を作っていく訓練を重ねると、会議はうまくなります。どんな会議の練習よりも、演劇を作るほうが効果がある。

プライオリティー把握能力を養う場が無い

プライオリティーを把握する能力は、かつては自然に地域社会の中で学べたのですが、その地域社会は既に崩壊しています。ですから、この能力を身につける機会を、人為的、人工的に、学校教育や社会教育の中に、システムとして盛り込んでいかなければなりません。

伝えたいことが無くなった子ども達

よく、子供の表現力が低下していると言う人がいます。でも今の中高年に比べて、ダンスなんかは断然にうまい。リズム感もある。国語の代わりに、ダンスがセンター試験に入ったら、みんな昔より成績は上がります。一概に「表現力が低下した」とは言えないわけです。

今の子ども達は、自分の意思を他人にどうしても伝えなければいけないという局面にはほとんど立たない。「ケーキ」と言えば、優しいお母さんがケーキを出してしまう。あるいは、「ケーキ」と言わなくても出てきてしまうような育てられ方をしています。学校の中でも、小学一年から中学三年まで30人1クラスなどというケースが多くて、触れ合う人の多様性が狭められています。そんな環境で育った子ども達に、「では、太郎くん、前に出てきてください。スピーチやりましょう」と言っても、太郎くんは話すことは何も無いんですね。他の29人も、太郎くんに聞きたいことなんて何も無くて、スピーチにならないのです。

ですから、「伝える技術」よりも、「伝えたい」という気持ちのほうが大事なのです。そして、その「伝えたい」という気持ちは「伝わらない」という体験からしか出てこない。その「伝わらない」という体験が決定的に欠如しているのです。

ですから、安易なコミュニケーション教育よりも、障がい者施設や高齢者施設などに連れていって、体験教育をさせたほうがいい。ただこれにも限界があって、予算も人員もかかりますし、そして特に今はセキュリティーの問題で、子どもを学校の外に頻繁に連れ出すことはできないのです。

その一つの代替案として、演劇があります。いい替えると、演劇は他者をシュミレートする体験なのです。

コミュニケーションデザインとは何か

コミュニケーションデザインとは、コミュニケーションの問題を一個人の努力や才能やセンスなどに頼るのではなくて、環境や関係の問題として捉えていく考え方です。

若いヤツは意見を言わないと愚痴るより、本当に意見の言いやすい職場になっているのかどうかを考えることが、管理職にとっては大事になってくるのです。

そう考えていくと、演劇というのは、まさに2500年間、コミュニケーションをデザインしてきた表現分野なのです。

例えば、私達演出家は、俳優の舞台での立ち位置が違うだけで、発声の仕方や身体のバランスが違ってくることを、普通に経験値として蓄積しています。「そのセリフがうまく言えないのは、そこに立っているからだ。こっちに行けばいいじゃん」などと稽古場で言うのです。会議も同じです。「おまえ、そこ座ってるからだめなんだ。こっちに座れよ」。会議の仕切りのうまい管理職のやることは、演出家と同じなのです。

コーチングは1970年代にアメリカで生まれたものなので、50年ほどの歴史しかありませんが、コーチングを学んだコーチであれば、演劇と「同じようで、同じではない」コーチング特有のアプローチを頭の中に思い描けたのではないかと思います。

それと同時に、演劇には敵わないなと感じる点もあったのではないかと思います。

演劇(コーチング)はワークショップで「やって見せるしかない」

そしてクリアしなければならない大きな問題は、ワークショップを開催するにあたり、人(参加者・お客さん)を集めるために協力してくれる方々から、コーチングに対する理解を得ることができるかという点です。

『演劇1』『演劇2』は、今から11年前の2012年に公開されました。

当時の平田さんは、劇団を主催する以外に、演劇を企業や学校の現場に導入するという活動(演劇的手法を使ったコミュニケーション教育)をされていました(現在は、2021年4月に兵庫県豊岡市に創設された芸術文化観光専門職大学の学長に就任し、変わらず精力的に活動されています)。

参考サイト:NHK 解説委員室『平田オリザ「演劇を生かした教育」

『演劇1』『演劇2』に、演劇の関係者が集まる会合での質疑応答のシーンで、以下のようなやりとりがありました。

子ども劇場の事務局の方が、平田さんに質問します。

質問は、面としての広がりを持つということをすごく希望しているんですが、こども劇場、会員の活動、点としての活動しかできていなくて。
公共の施設、そういったところと、あと行政と提携して、少しでも多くの子供たちに演劇を体験してもらいたいと願っているのですが、一体、行政のほうにどういったアプローチをしていけば、もうちょっと広がりを持った活動ができるのか、何かありましたら教えていただきたいのですが。

平田さんが回答します。

僕がやってきたことしか言えないんですが、僕が劇監督になったときに、まず富士見市は公民館が5つしかないので、5つの公民館全部をまわってワークショップと車座集会を開いて市民の方達のニーズを汲み取り、市民に僕の方針を説明しました。
その後に、富士見市の市議会議員全員にワークショップを受けてもらいました。
議員25人、夏風邪でひとり休んだので24人出席しましたね。
それから教育委員会の教育委員、市内の小中高の校長先生、教頭先生を全部集めてもらってワークショップをしました。
アウトリーチ、ワークショップについての理解を得ました。
行政職の方達、幹部職員に向かってもワークショップをしました。

つまり、やって見せるしかないと思います。

まずは協力者を募るために、信念を持って、コーチングをやって見せましょう。

第一線で活躍しているミュージシャン、お笑い芸人などの多くは、下積み時代に小さな会場で、お客さんが5人にも満たない状況から活動を開始しています。

私の知り合いのコーチも、「最初はなかなか人が集まらなくて、恥ずかしいから『少人数制』とタイトルに含めました。でも今振り返って思うと、参加者が少なかった時のほうが、コーチングがより深く伝わっていたと思います。長くお付き合いしているクライアントの多くが、その時の参加者です。講師(コーチ)の人数にもよりますが、参加者は最低でも4人、多くても10人くらいがちょうどいいのではと思います」と仰っていました。

たとえ参加人数が少なくとも、回数を重ねていくうちに、ニーズを汲み取る力が鍛えられ、「人が人を呼ぶ」好循環が生まれてきます。
そして、パンフレットやホームページに掲載できる活動実績が増えていきます。
この公表することのできる実績が、クライアントを獲得するうえで最大の武器になります。

コーチングは、人の能力を最大限に引き出し、発展させるための手法として、ティーチング(教えること)の限界を超えるために生まれたものですから、一人でも多くの方に、その魅力を体感してもらいたいと願っています。

追伸

直接の知り合いや、知り合いの知り合いに、校長先生や公的機関のお偉いさんがいる場合、まずはその方をメインのターゲットとし、参加しやすいネーミングをつけて、ワークショップを企画・開催するのがおすすめです。

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